イケム、最高の貴腐ワインへのこだわり! (2)

ボルドー市から、環状道路・N113号線を通って、ランゴンのインターで降り、南へ下る。バルサックへ入り、ソーテルヌへと向かっていくと、数多くの丘をふくむ起伏地がある。イケムは、そんな丘の頂上にそびえ建っている。

石垣の門をぬけ、ブドウ畑を左右に眺めながら進むと、中世さながらの壮麗な威風堂々とした4隅の古塔をつなぐ建物が、眼前に現れる。その小高い丘の中腹どころには、リューセックなど1級シャトーが集まっているが、それらをあるで取り囲むように、まさしく頂点に建つシャトーこそが、イケムだ。

113haにもおよぶブドウ畑は、浸透性の少ない粘土と、川の流れによって運ばれた砂利が混じった砂質層で構成されている。ところが、場所によって、その畑が広大なためか、その様相が変わってくる。砂利が多いところ、砂利がなく砂質のところ、表土の砂質層が風でふき飛ばされ、下部の粘土が露出しているところなどといったふうだ。

そのなかでも、機械導入による急斜面での畑の耕作と、手入れも、これまた出色ものだ。というのも、19世紀の早い時期から、排水用のパイプが敷かれており、現在ではその距離はというと、総延長約100kmにもおよんでいるという。この粘土質の丘は、もともと排水が悪く、ブドウの発育がうまくいかないところなのだ。

平均樹齢は、30年。栽培比率は、高貴種セミヨンが80%、ソーヴィニヨン・ブランが、20%。ちなみに、セミヨンからうまれるワインは酒肉が厚く、アルコール度も高い。そして、口当たりがかたく、長寿になる。ソーヴィニヨン・ブランはというと、やわらかさ、フレッシュさにメリットがある。

しかしながら、イケムで最も注目すべき点は、冬の剪定時から、枝を非常に短くかり、一枝に2つの芽しか残さないことだろう。収穫制限をすることにより、潜在アルコール度数を20度まで上げるためにおこなわれている方法だが、もちろん収穫量は低下してしまう。

ブドウの樹齢を高く保つこと。生産を制限するための手入れ。ここの畑から注意深く選ばれた接木を使っての、2種類のブドウの品種改良。

そんなブドウの房のなかから、完熟した貴腐果粒だけを摘むという摘果方法。貴腐菌は、ブドウの糖分を食べ、グリセロールをつくる。果汁は減少し、酸も香りも凝縮して、極上の甘口白ワインとなる。イケムは、まさしく究極のワインづくりをおこなっている。

イケムは、2つの川と、大きな森に囲まれている。ガロンヌ川の左岸にあって、シロン川の冷たい水温と、ガロンヌ川の温かい水温の温度差で、霧が発生し、貴腐菌がつく。昼になると、その霧が晴れ、お日さまによって、貴腐菌のついたブドウを乾燥させる。その繰り返しによって、貴重な貴腐ブドウとなる。

それに、もう一つ。シャトー近くに立つと、微風が吹き抜けている。ブドウに貴腐菌がつくには、湿度はもちろん必要だが、湿りっぱなしはよくないのだ。それに、まわりをかこむ森。これらも、霧をもたらすのに必要な条件である。年間に、92日間も霧が発生するのは、メドックよりはるかに多い。

それでも、収穫時には、雨が降ることもある。せっかく貴腐化したブドウも、いったん雨が降ると、糖度が流されてしまうだけでなく、粒が酸化したりして使えなくなってしまう。このようなリスクを抱えながら、糖度が上がりきるのを待つということは、ワイン生産者にとっては大変なことだ。

貴腐菌は、一房、すべての粒につくわけではない。つく粒もあれば、つかない粒もある。その区画も、バラバラだ。それも、当然のことのように、毎年変わる。そう、もちろん、決まっているわけではない。このあたりが、自然の気まぐれでできる貴腐ブドウの難しいところだ。

このため、ブドウは房ごと収穫されるのではなく、貴腐化している部分だけを切り取る。同じ房を、何度も収穫することになる。カビは香りで判断、その実はすべて捨ててしまい、皮が破れている場合も、同じである。

しかし、貴腐化した部分だけを切り取っているつもりでも、どうしてもまだ完全に糖度が上がりきっていないブドウも混じってしまうことは避けられない。このため、全体としての糖度は下がってしまう。

イケムでは、それを嫌って、糖分が流されてしまった場合などに関しては、完全に貴腐化している粒だけを収穫することもあるという。

収穫直前にブドウの糖度を計り、潜在アルコール度数が20度に達した時点で、収穫が開始される。およそ140人のスタッフは、4つのグループに分かれて、それぞれの区画を担当するが、同じ房を通常は、6週間にわたって、5~6回、ときにはそれ以上も収穫することにもなる。

こうした品質への情熱的なこだわりは、なにもブドウに限ったことではない。ワインは、新樽で3年以上かけて熟成される。が、その間、全収穫量の20%は、蒸発により失われてしまう。

そのうえ、リュル・サリュース伯爵が瓶詰めできると見なしたワインでも、最良の樽からだけと、厳しく選別されたものだ。1975年、1976年、1980年といった秀逸な年でも、樽の20%が排除された。1979年のような困難な年には、60%のワインがはずされ、1978年のような手に負えないヴィンテージとなると、85%のワインがイケムとして売るのにふさわしくないと判断されたものだ。

土地の譲渡証明に記されていることから、 1593年には、このシャトーを取り巻く土地がイケムと呼ばれていたことを、歴史家たちは実証している。

イケムをもふくめ、ソーテルヌ地区は、すでに17世紀ごろから甘口のワインを大量に輸出していた。が、ソーテルヌ地区全体が、意図的につくりだす貴腐ワインづくりは、ずっと遅れて、1930年代からだ。ちなみにソーテルヌで最初に意図的に貴腐ワインをつくったのは、トゥール・ブランシェだといわれている。

1785年から1997年までの間、このイケムは、まさに一族によって所有されていた。リュル・サリュース家がオーナーになる頃には、すでに世界的な評価を得ていた。とりわけ、ロシアでは大変な人気で、皇帝たちはこの不老不死の薬として、大口購入者でもあった。

なにはともあれ、1700年ごろから甘く、質のいいワインをつくっていたということだ。それに、イケムはそのころから、小作人たちに遅済みを強制していたらしい。というのも、小作人たちと、領主とのいざかいが1660年の訴訟ざたになった記録が残っている。

さらには、イケムはまた、「Y」と呼ばれる辛口のワインをつくっている。そのイグレックが最初にリリースされたのは、1959年。使用されるブドウは、イケムとまったく同じもの。違うのは、収穫時期と、醸造法だけという、いわばもう一つのイケム。

「これは特色のあるワインで、イケムらしいブーケを持ちながら、樽香が強く、味は辛口で、通常は非常にフルボディで、際立ってアルコール度数が高い。通常はそのヴィンテージの4年後に、非常な高値で出荷されるが、費やされた労力、リスクそして厳格な選別過程を考えれば、最高の値札に値する数少ない高級価格ワインのひとつである」
と、R.パーカー。ファンにとっては、このイグレック、幻のワインといえる。ブドウの成熟状況など、シャトーが判断した年のみにしかつくられない稀少品。それも、ごく少量しか生産されない。その色相は、まさに黄色。香りには、ハチミツや、アプリコットのような貴腐ワイン的な甘さを感じさせる。それは、
「イケムの香りに共通する」
という人も。イケムらしいブーケを持ちながら、豊かな樽の香をかもし出す。

もう一方で、「イケム・ジュニア」と呼ばれる超希少、第一級クリュに迫る実力をともなったシャトー・ド・ファルグがある。新樽のオーク樽で、驚異ともいえる36ヵ月の樽熟。清澄はするが、濾過はしない。

じつは、2004年5月20日、アレクサンドル伯爵70歳の誕生日のその日に、イケムを手放なさなければならなくなった事情もあり、そのかれはド・ファルグに集中して、ワインづくりに勤しんでいるといわれる。

リュル・サリュース家が所有するようになったのは1472年、イケムを手に入れる300年前のことである。ド・ファルグは格付されたことは一度もない。それにもかかわらず、パーカーはというと、
「ここから生まれるワインは、棚で見つけたらほとんど買い占めるようなワインである」
と、大絶賛。ワイン醸造にかける手間は、イケムに対するのと、まったく同じである。

ブドウは、平均樹齢、35年。イケムの東、ファルグ村のよい位置にあり、摘みとりは普通、イケムの10日後におこわれる。それに収穫量はイケムより、ずっと少なく、
「イケムのブドウの木1本あたりの産出量が、ワイングラス1杯分にしかならないとすれば、ファルグのそれはワイングラス3分の2杯分にしかならない」
とも、いわれている。ヴィンテージによっては、ソーテルヌ地方で生産されるワインのなかで、2番目によい場合が多く、ブラインド・テイスティングでも、専門家たちは、イケムのものであると判断しがちだ。イケムのような熟成の可能性はないとはいえ、 若いうちはおどろくほどよく似ているという。