グレンモーレンジ(GLENMORANGIE) <2>

ああウイスキー! 遊びと悪戯の命!
詩人の心からの感謝を受けてくれ!  (「R.バーンズ詩集」中村為治訳 岩波文庫)

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スコットランド北部の荒れ高地「ハイランド」。美酒の宝庫とも知られるが、ドーノック湾に面した小さな町テインからほど近いところに、その雄であるグレンモーレンジがある。そのまわりには、「大いなる静謐の谷(グレンモーレンジ)」という名前の由来どおり、峡谷や湖が点在している。

テインは、古くから巡礼地として栄え、テイン・シルバーとして有名だった銀職人の町であって、ビールづくりやレモネード産業でも知られる歴史ある地だった。

かつてテインで、グレンモーレンジを興した男たちは、代々継承してきた伝統の技を体得し、「テインの16人の男」と称され、それは今もって変わらない。

マイケル・ジャクソンの「モルトウィスキー・コンパニオン」によると、
「1600年代のこの区域、そして、1700年代初めのモーレンジ農場で密醸造と密蒸留がおこなわれている。現在の敷地にモーレンジ醸造所があり、それが1848年に合法的な蒸留所に変わった」
と、記録が残っているという。

その密造酒はというと、古いシェリー樽につめ、峡谷に隠蔽するあいだに熟成がすすみ、まろやかな美酒に変わったのだという。それにまた、麦芽を乾燥させるため、ここハイランドに多い泥炭を使ったため、スピリッツはピートの香りが移り、独特のフレーバーをかもしだし、人気はだんぜん上昇したともいう。

ビール工場を改装して、ウイリアム・マセソンにより、1843年に創業されたものの、法的にはまだ認められていなかったようだ。1918年からマクドナルド&ミュアー社の所有になり、同20年にはグレン・マレイ蒸留所(スペイサイド)を買収した。

1930年代には、スコットランド北部出身者がいるところであれば、スコットランドはもちろん、イギリス本土のみならず、ヨーロッパやアメリカでもグレンモーレンジが売られるようになった。 そんなかれらにとって、ハイランドはつねに、永遠なる母なる大地なのであった。

1996年に、創業家の第4世代目が関係していたにもかかわらず、グレンモーレンジと社名を変更。翌97年には、アイラ島のアードベッグ蒸留所を買収して、再開させ、3つの蒸留所を運営することになる。そして、それすべてをシングルモルトとして出荷し、他社ブレンド用には供給していない。

グレンモーレンジの常識にとらわれないウィスキーづくりの特徴として、まずアルミニウム、カルシウムなどミネラルたっぷりの硬水を用いることが挙げられる。

一般に、ウィスキーの仕込水は軟水(硬度178以下)でなければならないとされている。しかし、珍しく硬度190のミネラルが豊富な硬水を使い、麦芽の糖化をおこなっていて、グレンモーレンジを風味豊かなものにしている。

それは、蒸留所から半マイルほど離れたところにある、そのあまりにも有名なターロギーの泉と呼ばれる泉からひいている。森のなかの砂岩と、石灰岩の丘から湧き出る水が、ヘザーとクローバーの花畑を流れくだり、その泉に流れ込んでいるのだ。

この水は、フランスのある香水会社が調査したところ、およそ26ものアロマを感じられたという、とっても個性的な水なのである。

それに、もう一つ、スコットランドで高さ5.13mというもっとも首の高い蒸留器、建物でいうと、3階建てに相当する、ほかでは見かけないポットスチルを使って蒸留している。そもそもそれは、ウィスキー用ではなくジン用のポットスチルなのであった。

というのも、創業者であるウィリアム・マセソンが、創業時の資金不足から、ロンドンでジンの蒸留に用いられていた中古のポットスチル2基を購入して使用したことに由来している。

ところが、このジン用のポットスチルは、純度の高いアルコールのみを蒸留する効果があった。これによって、原酒はふくよかで、ライトなテイストに仕上がり、グレンモーレンジの芳香を豊かにするという思わぬ作用を生んだのだ。

このため、グレンモーレンジでは、ジン用のポットスチルを用いることを伝統とし、その後の増設の際にも、全く同じ形状のものを制作している。

現在、ウォッシュ・スチル(初留釜、11、400リットル)、スピリット・スチル(再留釜、8、200リットル)が所留4基、再留4基と、各4基ずつある。さらには、世界的なシングルモルト人気で、倍の16基へ増やすことが検討されていると聞く。

そうそう、その加熱方法を直火炊きから、現在、一般的になっている蒸気蒸留方式を採用した一番最初の蒸留所でもあるのだ。

※参考図書;「スコッチウイスキー紀行」著者:土屋 守、刊行:東京書籍。

※グレンモーレンジ・セミナー; グレンモーレンジの輸入総代理店である国分(株)によりおこなわれたグレンモーレンジ統括蒸留所長兼熟成管理責任者のビル・ラムズデン博士を迎えてのセミナー抜粋より。

※ 再投稿。記事の内容が古くなっている箇所があります。ご容赦ください。

♪ 引き続き、メンデルスゾーン。今回は、演奏会用序曲「フィンガルの洞窟」を聴く。もちろん、クレンペラーではあるが、アバドもあるし、カラヤンもある。しかし、iPodには、メンデルスゾーンのスペシャリスト(?)、ペーター・マーク/ベルン交響楽団もいれてある。

ロンドンでの演奏会がおわり、スコットランドへの気ままな小旅行を楽しんだ1829年というから、かれがまだ20歳のころだ。ヘプリディーズ群島の無人島であるスタファ島での、大きな洞窟の光景に霊感を得て、作曲したものだ。ちなみにフィンガルは、この群島を統治していた伝説的な英雄の名である。

この序曲の冒頭の主題を、自宅にあてた手紙に書き記している。その神秘的ともいえる洞窟の風景を描写し、のちの交響詩などに大きな影響をあたえた。 ♪

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