グレンフィディック、シングルモルトの先駆け!  および、ザ・バルヴェニー !

-->

ああウイスキー! 遊びと悪戯の命!
詩人の心からの感謝を受けてくれ!  (中村為治訳 「R.バーンズ詩集」岩波文庫)

——————————————————————————–
フィディック川の流れるグレン(谷)の名を冠するこのシングルモルトは、世界で一番売れている。ユニークな三角のボトルがなんか、ちょいといい。
「有名である、と呼ばれるにふさわしい」
と、マイケル・ジャクソンも賛辞を送る。比較的、飲み口が軽く、万人に親しまれている。

それまでは、家族経営の小さな会社であったグレンフィディックは、1963年、第2次世界大戦後の好景気どき、激烈な競争にさらされ、大手のブレンダーに卸すよりも、オフィシャル・ボトルをシングル・モルトとして、ボトリングして売り出すことを断固たる決意をもって、決断したのだ。

その決断は、ほかの蒸留所からは、もっぱら愚考とみなされた。それまでは、外国に出すものはブレンデッド・スコッチであったのだ。そのシングル・モルトの強烈さ、独特さ、複雑さは、イングランド、および諸外国には受け入れられないものと考えられていたのだ。

しかし、この決断もさることながら、ややフルーツさをともない、ライトで、スムースな味わいといった味わいが、シングルモルトとして幅広い層のファンを獲得でき、この上ない成功をもたらした。それに、同業者から一応に笑いものにされた三角のボトルまでも好評で、たちまち受け入れられた。その三角ボトルだが、その象徴は、
「良いウィスキーは、火と、水と、土でしかつくれない」
との創業者・グラントの信念でもあった。それは、直火焚きであり、ピートと、大麦のことである。それやこれらすべては、独立した家族経営の会社だからこそ、なしえた決断でもあった。このグレンフィディックの成功がなければ、私たちはいまだにシングルモルトの素晴らしさを知らずにいたかもしれないわけだ。

現在、この蒸留所の蒸留器総数は28基で、スコットランド最大の、いや世界最大の規模を誇っている。また、蒸留所内にボトリング設備を持ち、一貫した全製品の品質管理をできることが、グレンフィディックの強みにもなっている。

グレンフィディックは、ダフタウンのフィディック川ほとりにある。グレンフィディックとは「鹿の谷」というネーミングで、ラベルにも鹿の絵が描かれている。というのも、当時そのあたりには、野生の鹿が多数生息していたということだ。

資本金わずか120ポンドと、カードゥ蒸溜所の使い古しの設備を使って建てられたグレンフィディックは、ダフタウンの仕立て屋の息子ウィリアム・グラントが、1887年に創業。修理工であったかれは、モーラック蒸溜所で20年間勤めていたが、自分の蒸溜所が持ちたいとの思い入れもあり、10人の子供を抱えながら、コツコツと貯金し、蒸留技術と、経営学を学ぶため、蒸留所を辞めた。決して楽な生活ではなかったが、家族全員で力を合わせ、そのクリスマスに、蒸溜所からはじめての一滴をしぼり上げた。

5年後には、グレンリベットの火災も手伝って、大きなチャンスがめぐってきて、敷地内にバルヴェニー蒸溜所をスタート。これで、モルト原酒の安定供給が可能となり、1898年にブレンデッド・スコッチの「グランツ」の発売も開始した。

発酵漕は、ダグラス樅製が24基。ポットスチルは初溜釜10基、再溜釜16基の計26基で、いずれも小型のスワンネック型(ボール、ストレート、ランタンヘッドの 3つのシェイプがある)。加熱は石炭と、ガスの直火焚きである。仕込用水は、ロビー・デューの泉を使用している。

グラント社は、グレンフィディック50年物(名称は「グレンフィディック・50・イヤー・オールド」)の販売を発表した。価格は1万ポンド(約161万円)といわれ、世界で2番目に高いウイスキーになる。固有の番号がつけられた手づくりボトル500本に瓶詰めされ、革製のケースにおさめられて出荷される。

英スコッチ・ウイスキー協会(SWA)の政府・消費者問題担当ディレクター、キャンベル・エバンズ氏は、
「50年物には、アジアや、北米から関心が集まるだろう」
と指摘。
「実際に飲む人もいるだろうが、大半は投資目的で入手すると思う」
と語った。 50年物ウイスキーの蒸留作業は、決して容易ではない。ウイスキーは毎年2%ずつ蒸発してしまううえに、50年物としての認定を受けるには、たる詰めしたウイスキーをほかのどのモルトとも混ぜずに、50年間熟成させなければならないのだ。

グレンフィディックは、8年前後の熟成品。大麦を連想させ、フルーティーさが身上である。「グレンフィディック・クラシック」は、日本市場と、環太平洋地域の免税店で発売されている高級品。10年から20年熟成のモルト原酒を選別している。

「グレンフィディック・エクセレンス18年」は、グレンフィディックのイメージを保持しながら、より熟成香を重んじた仕上がりになっている。「グレンフィディック・18年デカンター」は、エクセレンス18年を詰めた贈答用。

■ ザ・バルヴェニー (The Balvenie)

ウィリアム・グラントが、グレンフィディックの第2蒸溜所としてグレンフィディックの創業後、5年後の1892年に設立。ふくよかで、コクのある古酒である。

1891年、ザ・グレンリベット蒸留所で火災があり、すべてのウィスキーが消失してしまった。そのため、モルト原酒がなくなったブレンダーたちは、ウィリアム・グラントに要請した。が、いかんせんその需要に追いつかなくなって、グラントは間に合わせの中古品で、第2の蒸留所建設を決断したということだ。

エルギンから、A941号線を南へ約25キロ、見学者が絶えないグレンフィディック蒸溜所の奥に、ザ・バルヴェニー蒸溜所がある。蒸留所名は、近くに立つバルヴェニー城に由来。ゲール語で「山の麓の集落」のこと。

「よりスイート、よりリッチで、まさにスペイサイドのヘザーハニー・スタイルを代表する古典的な逸品である」
と、マイケル・ジャクソンは、著書「ウィスキー・コンパニオン」のなかで述べている。

所有する2万エーカーの自社農場で栽培されたオプティック種の大麦を用い、フロアモルティング(製麦)から、球根のような独特のポット・スチルで蒸留され、瓶詰まで一貫しておこなっている数少ない蒸留所である。1993年以降、フラスコ型瓶のモロさが問題であったバルヴィニーは、中太のずんどうなものに変わったが、旧ボトルはマニアの間ではプレミアムがついている。

グレンフィディックと敷地は同じだが、できあがるモルトはまったくといっていいほど違っている。水源にしても、グレンフィディックとは異なり、コンヴァル丘陵の数十の泉から引かれている。グレンフィディックのロビーデューの泉に比べ、少し硬度が高く、隣接はしていても別タイプの酒質を求めた。

バルヴェニーは重厚なモルトウイスキーであり、当初は、グレンフィディックとのブレンドもの「スタンドファスト」に用いられ、そのほかは地元用に販売されるのみだった。スタンドファストとは、グラント・クラン(氏族)が戦時に使用したスローガン、「スタンドファスト・クレイゲラヒー(クレイゲラヒーを固守せよ)」に由来している。

グレンフィディックが軽快で、スムーズな味わいのタイプに対し、バルヴェニーは芳醇で、ふくよかな味わい深いタイプに仕上がっている。それはというと、グレンフィディックは食前向けにつくられているのに対して、バルヴェニーは食後酒としてつくられている。そのため、少々甘口になっている。その差は、ポットスチルの大きさや、形の微妙な違いからくると思われる。

バルヴェニーのポットスチルは、じつにユニーク。初溜5基、再溜6基の、計11基が稼動。それはともに、バルヴェベニーボール型と呼ばれる、ネックにこぶがついた独特の蒸溜釜を使用している。その加熱方式だが、そのうちの小さな2基については、かつて直火焚きをおこなっていたが、いまはすべてスチームによる間接加熱をとっている。

また、スペイサイド唯一のフロアモルティングを備えているのも特徴といえる。大麦は2万エーカーもある自社畑で栽培されたオプティック種が使われるが、不足分は買い入れ。

麦芽づくりの工程において、乾燥に用いるのは無煙炭であり、これを燃やして麦芽を乾燥させる。それと、ステンレス製の仕込漕で、1日4回、週に26回仕込みをおこなっている。その麦芽から得られる麦汁をオレゴンパイン製の10基ある発酵漕に投入して、発酵させるが、そのときの酵母はグレンフィディックとも同じの、リキッド・イースト(マウリ社)である。

「バルヴィニー12年・ダブルウッド」;
11年間をバーボン樽で熟成し、その後1年間をシェリー樽で熟成している。香りは、穏やかだが木の香りがしっかりしていて厚みがある。味わいは、実に豊かな甘さ、それと柔らかさがある。

「バルヴェニー・シングルバレル」;
単一の樽で、15年以上熟成させた原酒を、カスクストレングスのまま、ボトリング。ラベルには、瓶詰時期や、樽番号、原酒の樽詰時期や、ボトル番号が手書きで記入されている。まさに、スケールの大きなモルト。

参考図書;「スコッチウィスキー紀行」(土屋 守著 東京書籍刊)

■■飲酒は20歳になってから。飲酒運転は法律で禁止されています。お酒は楽しくほどほどに。

スポンサードリンク