カマンベールなんて、もう欲しくない? (1)

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カマンベール・ド・ノルマンディ(AOP)の形状は、円盤形。直径10.5cm~11cm。高さの規定なし。それでも通常は、およそ3cm。ウェイトは、250g以上。さすがに、「チーズの女王」たる呼び名にふさわしいだけあって、堂々たる貫禄がある。表皮が白カビたっぷりだと、熟成は若い。好みにもよるが、真んなかのかたくボソッとしたチョーク状の芯がほぼなくなり、トロリと、ツヤのあるペースト状になったころが、コクもあり、味わいも、風味も、最高だ。

カマンベール ド ノルマンディ AOP “マリー・アレル” 250g|フランス||白カビ|

価格:2,116円
(2015/9/20 14:21時点)
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「カマンベール村って、こんな小さな村だったんだ」
ほとんどが農地といってもいいくらいのノルマンディ地方。起伏のある丘がつらなっていて、そんな丘の上のひとつ、ヴィムーティエ村から、およそ5kmのところ。それが、とってものどかなカマンベール村。

南ノルマンディには、チーズをつくる村々をつなぐ、チーズの道なるものがある。英仏海峡沿岸のドーヴィルの町、「ポン=レヴェック」がスタート地点だ。「リヴァロ」、そして「カマンベール」が、それだ。それぞれの原産地の村名が、チーズ名になっている。

村の入口に、案内看板がある。現在、人口わずか200人。牛の数のほうが、多い。目のところに、茶色や黒のぶちがあるノルマディ種だ。牛たちは、りんごが餌で、大好物らしい。 「小さなフランス」、世界で一番有名なチーズ・「カマンベール」は、ここが発祥地だ。

村の建物は、教会、カマンベール・チーズの、昔ながらの道具類が展示され、その製造過程が説明されている博物館、お土産屋さんのほかに、3~4軒の家しかない。そのなかのひとつが、カマンベールをつくったといわれるマリー・アレルの生家。役場前の広場には、牛の銅像がのっそりと立っており、その役場の反対側の道の角に、マリー・アレルの像がある。そのカマンベール誕生秘話なんだが、どうにも伝説がひとり歩きしているのも、また面白いところだ。

ちなみに、現在のマリー・アレル像は、2代目。アメリカ人医師、ジョエ・クニリムの呼びかけで、募金が集まり、村の広場に建てられたようだ。 しかし、ノルマンディ上陸作戦のときに、頭部が吹き飛ばされてしまった。そのため、アメリカ、オハイオ州ヴァン・ウェルトのチーズ工場、400人の従業員の寄付により、現在の銅像が広場に建てられた。

カマンベールは、AOCが制定される1983年よりずっと前から、全国的に有名になっていた。そのため、AOCに先んじて、そのカマンベールの名は、世界に出まわってしまった。そうした状況を受けてか、とうのカマンベールAOCは、単なる「カマンベール」ではなく、「カマンベール・ド・ノルマンディ(Camembert de Normandie)」に対して与えられることとなった。

「ああ、私はカマンベールになりたい! 」
とまでいわしめた、フランス人が好む人気No.1チーズだったカマンベールは、ここ数年、消費量が減少しているという。それに関して、ちょいとばかり、むかしの話だが、その「カマンベール・ド・ノルマンディ」 が、AOC(原産地統制呼称)の規定をめぐって揺れているという、気になる新聞記事があったのをおぼえているだろうか。

フランス食品振興会によると、
「カマンベール・ド・ノルマンディのシェア9割を占める2大メーカー、ヨーロッパ最大手のラクタリスと、老舗イズニーが、一時的にAOCを名乗るのを中止する」
と、発表。それについては、
「消費者の安全を考えて、生乳カマンベールの製造を停止した。生乳には、健康被害をもたらす恐れのあるバクテリアが含まれており、加熱しなければ除去できない」
というものだ。大人気ブランドの原料を、安全性の高い「低温殺菌牛乳」に切り替えたのだ。カマンベール・ド・ノルマンディは、もちろんフランスご自慢のノルマンディ地方原産AOCチーズだ。伝統的に無殺菌乳(lait cru)を使用して、伝統的な製法を守ってつくられている。

しかし、衛生上の観点から、両社はINAOに、37℃以上に加熱したものか、ミクロフィルターでろ過したミルクの使用も認めるよう要望していた。しかし、INAOは、AOCの規定を変更しないとの結論を出したため、AOCでの販売をやめることにしたという。衛生面にカンペキを期するため、というのがメーカー側の説明。

AOCの認証は、製品の信頼性における、絶対的なおスミ付きを与えるもの。そのAOCを脱退したのは、両社がはじめてだ。ラクタリス社のある取締役は、
「生乳カマンベールの製造中止は、苦渋の選択だった。消費者の安全が最優先されるなか、生乳カマンベールが、100%安全との保証はできない。当社の歴史的ブランドが、製造の不備により消えるというリスクだけは避けたかった」
と語っている。それにまた、イズニー社は、AOCの規制に反した「精密ろ過」も導入している。

これについて、「手づくり」の伝統を長いあいだ守ってきたギヨー(GILLOT)のB.ギヨーは、
「機械投入により発展してきた両社は、今度は大量生産に追いつかないとの理由から、殺菌牛乳を使おうとしている」
と非難した。

はやい話が、この二社は、殺菌牛乳と、精密ろ過の牛乳を使ったカマンベールもAOCに加えろと、圧力をかけたわけだ。つまり、表向きには、「食の安全性」をうたっているようで、実際は生乳では増産が見込めないため、ムリやり自分たちのやり方を認めさせて、売り上げアップをはかろうとしたというのが事の真相のようだ。

「もしそうなれば、真のカマンベールと、そうでないカマンベールの線引きがなくなる。チーズに関する文化も、知識も、消えてなくなるだろう」
とも、ギヨー氏は、付け加えることさえした。同社は、チーズに混入した有害バクテリアが原因とされる病気が、子どもたちのあいだでまん延した際、チーズの製造を停止したこともある。以来、安全性テストを強化、それでも手づくりにこだわる。

無殺菌乳からつくるチーズと、殺菌乳製のチーズとの大きな差は、やっぱりその風味の違い。しぼったままのミルクには、雑菌も混じっている。が、それ以上に、チーズづくりに欠かせない乳酸菌が入っている。また、土着の菌も入っている。これらの菌はチーズとなったときに働き出して、その土地ならではの味をつくり出す。味わいはどんどん個性的になり、匂いもどんどん強くなっていくのだ。

だから、その土地らしい味を大切にするAOCチーズには、無殺菌乳を使ったチーズが多いというわけだ。なお、日本では、無殺菌乳でのチーズの製造は、認められていない。

結局のところ、この問題は、すったもんだの末、ラクリタス、イズニーの事実上敗訴で決着したとはいうものの、今後に大きな禍根を残すことになった。

このように、大手チーズ会社がAOC規定に沿ったカマンベールをつくるのをやめてきており、AOCが押しつける伝統的な製法を変えさせよう、などというのが、現今、話題になっているそうな。

そんな問題が起こりつつあるなかで、フランスの品質保証AOCマークが、じつは消えつつあるのだ。2009年5月1日から、EU圏内でつくられた高品質チーズには、AOPマーク、EUの品質保証をつけることが義務づけられた。ところが、「Appellation d’origine(原産地呼称)」としか書いてない。でも、EUの品質保証であるAOPのマークがある。それは、AOCを持つノルマンディのカマンベールなのだと、わかるというわけだ。

それで、つまるところ、フランス産カマンベールには、4種類あることになった。まず一つめが、生乳を使うなど、伝統的な製造法の規格を守って生産される、AOCの品質保証があるチーズ。

二つめは、AOP(原産地保護呼称)カマンベール。箱にも、「Camembert de Normandie」と書いてある。正真正銘のAOCカマンベール。三つめは、「Camembert de Normandie」と書いてあるから、AOCのカマンベール。 でも、箱には、「Appellation d’Origine Controlee」ではなくて、「Appellation d’Origine」と書いてある。AOCのマークがないし、EUの品質保証マークであるAOPのマークもない。

四つめは、「Camembert de Normandie」と書いてあるAOC付きのカマンベール。 AOCのマークは見えないが、EUの品質保証マークAOP(Appellation d’Origine Protegee)のマークが入っている。

と、まあこんな具合だ。じつに、まぎらわしい。そのうえ、以前から、「ノルマンディのカマンベール」 と 「ノルマンディ産のカマンベール」 という表示問題もある。「Camembert de Normandie」とはノルマンディのカマンベールという意味なのだが、カマンベール・ロワ・ノルマンのように、「Fabrique en Normandie(ノルマンディでつくられた)」と書かれたカマンベールもある。

それに、AOCの権利を有する生産者は、所在地により指定されており、それ以外の生産者は、いくらていねいに手づくりしても「CAMANBERT DE NORMANDIE」とは名のれない。そういう生産者は、「CAMANBERT FERMIER (農場製)」と、銘をうっている。

参考;『チーズ図鑑』(文芸春秋編、刊)

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